最後の晩餐の席へようこそ

2026年3月15日(日) 「最後の晩餐の席へようこそ」      永松 博
マルコによる福音書14章12~26節(聖書協会共同訳)

「参加者の人数を教えてください」。これは、会食を準備したことのある方なら、だれもが聞く質問でしょう。夕食でも、お店の予約でも、必ず人数が確認されます。過不足なく準備したいとの思いからでしょう。
きょうの「最後の晩餐」記事でも、参加人数は13名と読み取れます(「16弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスの言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。17夕方になると、イエスは十二人と一緒にそこへ行かれた」)。「最後の晩餐」記事を読むとき、多くの人の頭に浮かぶ映像は、あのダ・ヴィンチの壁画かもしれません。しかし、きょうはこのようなイメージの元となっている聖書本文の中で沈黙させられている声(女性や子どもをはじめ民衆)に耳を澄ませることを通して、新たなる想像力によってこの晩餐を再想起したいのです(参照:C・S・ソン『イエス 十字架につけられた民衆』第9章円卓での最後の晩餐)。最後の晩餐再考のための一つの問いは、この食卓の参加者はほんとうに男性13人だけに限定された(特別な?排他的)席だったのかという点です。たとえば、十二弟子と一緒にイエスに従ってエルサレムへやってきた民衆はこの席から排除されたのでしょうか。あるいは、イエスの母マリアもまた別の場所で食事をしなければならなかったのでしょうか。マルタとマリアは。また、過越の祭りで、人口3万人の街が10万人以上に膨れ上がった祝祭都市エルサレムで、宿や食事会場がどこも満室状態の中で、イエスと一行に晩餐のための場所を貸してくれたその友人と家族も、最後の晩餐には招かれなかったのでしょうか。C・S・ソンは言います。「これら全ては、イエスが十二弟子だけと過越の食事をしたのではなかったはずだ、ということを示唆するように見える」。「もしも最後の晩餐が、男たちだけでなく女たちや子どもたちからも構成される共同体、すなわち弟子たちだけでなく従ってきた他の人々からも構成される共同体と共にした過越の食事だったならば、それは、われわれが考えがちなほどもの悲しい食事ではなかったであろう。イエスは彼を待ち受けている危険を自覚していたが、食卓と部屋の中での民衆との交わりや分かち合いは、彼を勇気づけたであろう。食事の間、イエスと民衆との間で多くの会話が交わされたはずである。イエスはユダによる裏切りや彼の死についてほのめかす言葉以外にも、もっと多くのことを語ったはずである」。共に食卓に与るサークル(円卓)は、本来、もっともっと広く包括的で、開かれ、豊かで、意義深く、安心感があり、賑やかで、楽しく、人を励まし、生かす場であったのかもしれません。少なくとも、初代教会はそうだったようです(ロマ16:7、Ⅰコリ15:7)。排外主義と保守とが病的に蔓延するこの時代の中で、そんな晩餐が催される教会に、私たちはなりたい。

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