農夫は持ち上げ、木は養う

2024年3月3日の礼拝より
「農夫は持ち上げ、木は養う」 永松 博
ヨハネによる福音書15章1~17節

「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながってい
る枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと
豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである」(15章1~2節)
ぶどうの木はイエス、農夫は主なる神にたとえられた話です。自らを枝に重ねてこ
の話を読むとき、農夫(主なる神)は実を結ばない枝をとりのぞくとの一節には恐怖
と焦りを感じるかもしれません。けれども、原文が持つ意味から安心を得たいと思い
ます。「とりのぞく」と訳された言葉(ギリシア語:アイロー)は、「持ち上げる」「背
負う」との意味をもつ言葉でした。さらに、ぶどう栽培の当時の風景を想像します。
現代のぶどう栽培は棚づくりや、垣根作りが一般的ですが、当時は地に這わせた栽培
が多かったようです。ぶどうの枝も実も土の上、とのイメージです。すると、葉や蔓、
花器は、場合によっては土にまみれて実を結べないことも起こったことでしょう。農
夫は、そのような枝に対してそれらを取り除くのではなく、むしろ蔓を持ち上げてき
れいにし、実を結ぶことができるよう世話をする存在としてのメッセージを読み取
ることができるのではないでしょうか。文脈としても、ここでの枝とは、まことのぶ
どうの木なるイエスにつながっている枝についての話となっています。
一方、農夫は剪定作業もします。枝を切り捨てる作業です。農夫は、実を結ぶこと
のできない細かすぎる部分を切り取り、強すぎて他を妨げる枝は切り戻して全体の
バランスをとります。すると翌年の蔓の勢いがそろうことになり、光の当たり具合も
良くなります。しっかりした花がつき、もっと多く質の良い実を結ぶようになります。
農夫は、翌春の枝張りを思い描きながら鋏(はさみ)をいれます。ここに農夫の知識
と技術力が表れます。主なる神は、もっと豊かに実を実らせるために、わたしたちに
対して必要な手入れをもしてくださる農夫です。
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっ
ており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶように
なる」(15 章 5 節)。ぶどうの花穂は春に出た新しい枝につき、冬にかけてゆっくり
発育し、萌芽が近づくと急激に発達して蕾となり、花をつけ、実を結びます。けれど
も栄養が乏しいと、巻きひげどまりになって実を結ぶことはできません。発達に必要
なホルモンは根で作られ、枝へと行き渡り、1 年がかりで花を準備させ、実を実らせ
ます。農夫に信頼して、ぶどうの木イエスにつながって実を結ぶことができます。

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